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そして、決別

今日は昼前に実家へ。
今年に入って初めての訪問だった。
去年から母の言動に腹が立ったり傷ついたりして
それでも何とか表面上の付き合いを続けるつもりで。
母の好きなお菓子や日用品の補充分も持って。

だけど、実家に上がって5分もしないうちに
結局、ムカムカしていた気持ちが抑えられず、
最後には大声で全ての感情を吐いていた。
2年前に引越してからは不愉快なことばかり。
大阪時代には大声なんて出したこともないのに。

母は「ボケているから仕方ない」と言った。
ボケてもいないくせに、そうやって誤魔化す。
もう二度と来ることはないと思った。
滞在時間7分で玄関を出て、ガレージへ。
夫が車内で片付けをしていた。

「帰るよ!」と言うと、一瞬キョトンとし、
すぐに事態を理解したらしい。
夫は去年から、私の実家には来たがらない。

私は40年近くも母と離れて暮らしていたせいもあるけど
子供時代に母から投げつけられた言葉さえ忘れない。
鬼のように不機嫌な顔で、理不尽なことで攻撃された。
毒気のある言葉を平気で家族に投げ付けるくせに
外づらは良い典型的なタイプ。

今92歳になって「チャラ」になると思ったら大間違いだ。
年老いたら全て許されると思っているのか?
言った側は忘れても、言われた側は絶対に忘れない。
子供の頃の私に「代わりに言ってやったよ」と言いたい。


結局、近くの姉の家へ行って、母との出来事を話した。
姪っ子も甥っ子も「ふんふん」と聞いてくれて、
「私たちはもう慣れているよ」と笑う。
姉も「いちいち腹立てたらキリがないもの」と苦笑。

腹が立ったまま、姪っ子や甥っ子と一緒にドライブ。
この間、夫が見つけたという高原にある蕎麦屋へ。
有名な観光地で、天気も良いので観光客も多かった。

食事をする頃には、腹立ちも消えて清々しい気持ちに。
別れ方は最悪だったけれど、これで良かったと思う。
鬱々とした気分で表面上の付き合いを続けていくより
言いたいことを言い切って良かった。
次に母と会うのは、母のお通夜か、または私のお通夜か。

世の中には「親子になってはいけない」組み合わせが
絶対に存在すると思う。
私や姉は、あの母親とは最初から合わなかったのだと思う。
姪っ子や甥っ子も同様だと思う。
娘や孫から嫌われる存在は、たぶん珍しい。

今、自分でも不思議なくらいに心が晴れやかで落ち着いている。


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by hazuki-natsu | 2018-04-29 18:19 | 日々のこと

近況と雑感 その3

2回にわたって母のことを書いたけれど
今思えば、母の言動の全ては「悪気がない」ことが特徴。
悪意のない、天然に近い状態で相手を傷つける。
その相手は「家族限定」なので、他人には被害がない。

姉も私も姪っ子も、本人に文句を言わない理由は
「言っても無駄」と知っているから。
母自身は「自分は優しくて良い人」と信じている。
家族が指摘しようが素直に認める人ではない。
だから死ぬまで放っておく。


3回にわたって母のことを書いて気づいたことがある。
それは、悪意がない天然の性格で家族を傷付ける母より
悪意を持って母を大嫌いだとネット上に書く私の方が
性格が悪いのではないか?
ある意味、私の方がタチが悪いのかもしれない。

母が大嫌いで、内心ずっとバカにして罵倒している。
それなのに、買い物途中で母の好きなお菓子や飲み物を
見つけると、迷いながら結局、買ってしまう。
次回に実家へ行く時に持って行ってあげよう、と。
あれほど嫌いな人のために、そんなことしてバカか?
自分でも「何やってんだか・・・」と呆れる。

何だかんだ言っても、私が一番バカなのだろうと気づく。


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by hazuki-natsu | 2018-04-21 14:52 | 日々のこと

近況と雑感 その2

1月から3月まで「うつ状態」が続いていたのは
母の言動がずっと心の中から離れなかったから。
朝に目覚めた瞬間から、夜に眠りに落ちる瞬間まで
ずーっと母についてのモヤモヤした気持ちが続いた。
顔を見るのも声を聞くのもイヤで、実家にも行かなかった。

離れて暮らしている間に忘れてしまっていたことや
子供時代にイヤと言うほど味わった心ない言動も
次々に思い出してプラスされて増幅していった。

子供時代、母が感情任せにぶつけてくる言葉に
どれほど傷ついたことか。
母と遊んだ記憶もないし、ベタベタしたこともない。
生まれつき子供に愛情を感じることのない人だったのか。
世間の母子と比べて、淡々とあっさりした関係だった。

姉も私も姪っ子も、母を嫌っているけれど
本人には文句も苦情も言ったことがない。
長い間ずっと「表面上だけの関係」を続けている。
それが楽な方法だから仕方ない。
母が死ぬまで続けることになる。
もしかすると、死ぬ直前に今までの思いや恨みを
全部ぶつけてしまうかもしれない。
何も知らないままで死なせるものか、とも思ってしまう。

今になって見れば、ずっと大阪に住んでいれば良かった。
そうすれば母の思い出もイメージも良いままだった。
少なくとも、ここまで恨むようなことにならなかった。

母は「外づら」が良いので、近所の人は実態を知らない。
穏やかで優しくて、物静かな おばあちゃん、と思っている。
私は子供の頃から母の全てが嫌いだった。
品性下劣な考え方も、喋り方も、声も、仕草も、全て。
90歳を超える老人になっても、ますます嫌悪感が増す。

この数ヶ月、ずっと「うつ状態」ではあったけれど
夫には何も話していないので、何も知らない。
日常生活では普通に過ごしていたので、気づかないと思う。
最近になって、いかに母が嫌いかについて少し話した。

去年まで、実家ヘは週に2日は行っていた。
母の畑の手伝いや修理など、夫が大活躍した。
ただ、今後はもう頻繁に行くことはない。
どうしても頼まれた時だけ行って、すぐに戻って来たい。
家族以上に夫が実家のことを何でもやってくれていたけど、
どんな母かを伝えたせいで、もうやる気は失くしている。

そもそも、夫はこの寒い地域に住むのを嫌がっている。
確かに、想像以上に寒い時期が長く続く。
大阪時代に元気だった私も、常に体調を崩している状態。
ここの県民性も嫌いだし、何も好きになれない。
また大阪に戻りたいとさえ思ってしまう。
少なくとも、もう少し南の暖かい地域に引越してもいいかな。


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by hazuki-natsu | 2018-04-20 11:54 | 日々のこと

近況と雑感

ブログの更新そのものに意味がないような気がして
何も書く気がなくなっていた。
もともと訪問者がいないに等しいブログだから
わざわざ公表する意味もない。

ここに引越して、来月で2年が経ち、3年目に入る。
引越し当初は物珍しさもあって、いろいろ楽しかった。
大阪時代に比べて住環境も良くて快適で。

ただ、2年も過ぎて感じることは
「楽しくない、面白くない、つまらない」
不便さはあまり感じないけれど、ワクワク感がない。
大阪時代は特に何かあったわけでもないのに
毎日が何だか楽しかった。

夫も私も出不精になってしまった理由は
ここの気候、低い気温も関連している。
春と秋は冬に飲み込まれているような状態。
季節は長い冬と短い夏しかない。
4月中旬の今でもストーブを使っている。
ひとケタの最低気温が、夏前までずっと続く。
10日ほど前には、咲き始めの桜に「ぼたん雪」が
降り積もった。
朝から大きな重い雪が降っていて、愕然とした。

「あー、大阪だったらもう初夏だ。
 4月でも半袖だった。
 いったいここの寒さは・・。」
寒がりの夫はいつも嘆いている。。
電気毛布は年中使っているような状態。

ただ、この冬は「暖冬」だった。
近隣の県や日本海側、関東の方が大雪だった。
ここは雪が積もることがなく、自転車で出かけられた。
その前の冬は3週間ほど自転車は無理だった。
豪雪地帯にある実家も、今年は暖冬で雪が少なかった。
いつもメートル単位で積もるのに、80cm弱で済んだらしい。

実家には今年になって一度も行っていない。
母から何度か電話はあったけれど、急用もなかったので。
そもそも1月から3月まで、私は「うつ状態」だった。
その原因は母にあることで、実家に行く気にもならない。

40年も離れて暮らしていたせいで、母を「美化」していた。
それに気づいたのは去年の秋頃。
母は91歳、若くて元気で穏やかなイメージ、外ヅラもいい。
実際は「言葉で相手を傷付けて平気な性格」の老人。
私の死に関する冗談を、平気で笑いながら言うような人。
母が「親切心」でやっていることは「不親切」であることに
全く気付いていない。
タチの悪い「意地悪」にしかなっていないことが多い。

数十年ぶりに「実際の母」を思い出してウンザリした。
そうだった、そういう母親だった、と。
すっかりきれいに忘れてしまっていた自分に腹が立つ。
姉は昔から母を嫌っていた。
優しい姪っ子も「おばあちゃんは悪どい人」と言う。
私は、今なら「昔から大嫌いだった」と言える。
子供や孫がそれほど嫌っていることを、本人は知らない。
周囲が「それなりに」うまくやっているせいもある。

母は自分の言動が周囲を不快にさせて傷付けているとは
気づいていない。
要するに「悪気がない」タイプだからタチが悪い。
母に足りないのは、優しさ、思いやり、慈愛の心。
生まれつき備わっていないのだろうと思う。
相手のことより自分を優先、それが当たり前の人。
母や祖母である前に、人として足りない人なのだと思う。
子供や孫にとっては、良い反面教師となっている。
あんな人にだけはならないようにしよう、と。

年末の電話で、母が私の死をネタに冗談を言った。
実の娘の死をネタにする神経。
言った後で、母は笑っていた。
私は絶句して言葉が出なかった。
母は頭が悪いくせに「気の利いた冗談」を言いたがる。
たいてい相手を傷つける内容で、冗談にもなっていない。
私が風邪をひいている時に、かけてきた電話だった。
あぁ、そういう無神経でバカな母親だったな、と思い出した。
腹が立つより情けなくて、なぜか自分にムカついた。
数か月後、夫に電話でのやり取りを話すと
同じように言葉を失っていた。

母は来月、92歳になる。
見た目も雰囲気も若いので、70代に見られることが多い。
今まで「元気で長生きして欲しい」と思っていたけれど
今は いつでも死んでくれていいと思う。
きっと涙は一粒も出ない。
それでも、死ぬまでは周囲はお芝居を続ける。

何が一番耐えられないかと言えば、そんな母親から生まれたこと。
世間一般の普通の愛情深い母親が、心からうらやましい。
まぁ、虐待されたり殺されなかっただけでもマシかな。


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by hazuki-natsu | 2018-04-18 12:27 | 日々のこと