カテゴリ:思い出したこと( 16 )

「被災地へ送る千羽鶴」の賛否

被災地へ送る「千羽鶴」についての記事を読んだ。

個人的には、被災地へ千羽鶴を送ることには「反対」。
「送る側の自己満足」とまでは言わないけれど
実際に送られた側は困るだろうなぁ、と思う。

被災地は生死がかかっているような状況だろうし
生きるための水や食べ物が何より欲しいのでは?
TPOに対応した物を送るのがベストだろうけど
それでも個人で色々送るのは迷惑だと思う。

私は今まで被災した経験は一度もないけれど
もし被災者になったとしたら、千羽鶴は要らない。
家も流され家族も失っている状況だとしたら、、、
そんな時に千羽鶴を渡されても。

千羽鶴をもらって穏やかに感謝出来るのは
たぶん受け取る側が心穏やかに落ち着いている状態。
ただ、場所を取る大量の千羽鶴の置き場所には困る。
心を込めて折られたものだけに、処分もしにくい。。

被災地に限らず、神社やお寺や病院のお見舞いにも
千羽鶴は送られることがあると思う。
ただ、現在の病院では千羽鶴の持ち込みは禁止では?
前職場の医療機関では、数十年前から生花も禁止だった。
お見舞いと言えば生花、の時代はもう終わった。
病室内の花粉の飛散を防ぐためにも、持ち込み禁止。

昔は生花と同様に千羽鶴も「お見舞いグッズ」だった。
個人的には生花よりも千羽鶴の方が「困るもの」だと思う。
生花は数日で枯れて処分出来るけれど、千羽鶴は枯れない。
紙製の鶴が千羽もベッド脇に吊り下げられて
病室内のホコリや、時には病原菌さえも付着しそう。。
ホコリは確実に、鶴の細かく折り畳まれた部分に溜まる。
呼吸器系の病気には一番ダメなお見舞い品になる。

以上のように現実的なことを言ってしまうのも悪いけど、
鶴に願いを込めて折った気持ちは理解できる。
ただ、その気持ちを他の、別の何かに替えられないか。
となると、現実的な寄付金や日用品になるのかな。

人に単に物をあげるのと、被災地に何かを送るのとでは
大きな違いがある。
パニックや大きな悲しみや喪失感の真っただ中では
千羽鶴は受け入れられないと思う。

千羽鶴を折る習慣も、近い将来になくなる気がする。



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by hazuki-natsu | 2018-07-12 17:12 | 思い出したこと

勝手な安心感

以前の勤務先は医療機関だった。
かなり大きな規模の職場で、不特定多数の人が出入りする。
15~16年前、医療機関内での犯罪が問題になり始めた。
院内での犯罪もニュースで見かけるようになった時代。

その頃、私の勤務先には防犯カメラが設置されていた。
玄関をはじめ、廊下や病棟の入り口など。
天井付近に設置されたカメラには、小さな赤いランプが
光っていた。
夜遅くに玄関を出る時も、何となく安心していた。

ところが、ある日の会議でこんなことがあった。
「近年は病院内での犯罪も増えてきているので
 当院でも本物の防犯カメラに替えることにする。」

えっ!?
いやいや、本物に替えるって。。
じゃあ、今まで設置されていたのは何なの?
本当にびっくりした。

結局、それまで設置されていた防犯カメラはダミー、
偽物のカメラだったらしい。。
それについては、ほとんどの職員が知らなかったようで
驚いたり、呆れたり、腹が立ったり。
それまでの「安心感」は、いったい何だったのか。

後日、全ての防犯カメラが本物に替わった。
で、みんなの感想で一致したのは
「本物なのにダミーっぽい、ニセモノ感がハンパない。」

私も全く同感だった。
以前のニセモノにあった赤い小さなランプが見当たらない。
すごく地味な、オモチャみたいなカメラに見えた。

今思えば、本物ほど地味で目立たないのかもしれない。
これ見よがしな赤いランプは、いかにもダミー風か。
それでも、私やみんなは安心していたことが怖いわ。。


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by hazuki-natsu | 2017-10-12 15:06 | 思い出したこと

全く興味がない

大阪時代、近所に赤い車を所有する家があった。
30代の男性が通勤に使っているようだった。
いつも見るたびに「古い車に乗っているなぁ」と
勝手に気の毒に思っていた。

その赤い車は、私の勝手な想像と見方で表現すると

  昭和的な古い形で、パッとしないスタイル
  数十年前の中古車かと思うような雰囲気


その男性はきっと物を大切にする人なんだな、
それとも古い車が趣味なのかな、
なんて勝手に思い込んでいた。

ある日、そんなことを夫に話したら、

「は?
 あの車、アルファロメオだけど。
 しかも、新車だと思う。
 ウチの車の倍もする値段。」


うっそー!
聞いてビックリ、外車だったとは!
しかも新車なの?!
古ぼけた時代の車だとばっかり思っていた・・・。
そういえば、その男性の家はお金持ちっぽい。
あ、そう、外車だったんだ。。
なんだ、おぼっちゃまだったのね、勝手に同情してたわ。

だけど、興味がないモノに対しては、その程度の認識だわ。
どんな高級品でも、自分の興味を惹かないモノはガラクタ。
それにしても、この車については自分でも驚いた。。
値段を聞いても、ふーんと思うだけ。
たとえ同じ車をプレゼントすると言われても、要らないわ。



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by hazuki-natsu | 2017-10-04 13:31 | 思い出したこと

白衣に対するプライドの裏返し

この間は親族のお見舞いで久々に病院へ行って来た。
そして、久々に「白衣」の人たちを見た。

白衣を見ると「異常に白衣を嫌っていた医師」を思い出す。
いや、実際には嫌っていたのではないと思う。
むしろプライドと自負の裏返し、ねじれた感情ではないかと。
過去の記事にも書いた気がするけれど、未だに印象に残る。

白衣を嫌っていた医師は、某大学病院からの天下りで
私の勤務していた医療機関の長として就任した。
結果的に職場史上最低、最悪の長となった。
人事的にも経営的にも多大な損害をもたらした。
私の最初のブログ時代に主に登場したのは、この長だけど。。

その医師は「外来を持たない科」で、たまに応援に行く程度。
その後は病棟の回診もたまにするようになっていた。
ただ、外来に行く時も病棟の回診時も白衣を着なかった。
部屋のハンガーにかかった白衣は、単なる飾りのような状態。
私が気づいて白衣を持って追いかけることが多かった。
すると医師は嫌々ながら受け取り、クルクルとまるめる。
「こんなもの・・。」と言い、ムッとしながら。

外来や病棟から戻って来る時も、白衣は丸められていた。
そのうち「白衣なんかは要らない、着ない」と言い出した。
結局、職場に居る間はずっと普通のジャケット姿。
ワイシャツ、ネクタイ、ジャケット、ズボンで
かろうじて名札(写真入り)だけ胸に付けていた。

今思えば、白衣姿を見られることも嫌っていた。
いったい何のために医療の道に入ったのだろうか。
実際には、普通の医師以上に「白衣に思い入れ」があったのでは?
一般の医師にとっては「職場の制服」程度のものだけれど
あの長にとっては逆に「プライドの塊」だったのでは?
自意識過剰というか、ステータス意識の裏返し?
今さらながら、本当にバカな人だったなぁと思う。

白衣は実用的な面で着るべきだと思った。
感染予防や汚れ防止、患者への安心感にもつながる。
あの長は「こんなもの」と蔑んでいた白衣の実用性を
理解していたのかどうかは分からない。

ただ、その長が退職する数年前に「白衣を着る」ことになった。
それは、ある女性医師の一言により、着ざるを得なくなったから。
病棟の回診時にジャケット姿で病室に出入りする長に対し、
患者から苦情があったらしい。
担当の女性医師の耳に入り、長に直接伝えたらしい。

「複数の病室の患者さんから、不審な人が入室するとの
 苦情が入っています。
 白衣を着ないで聴診器を持ち、ニコニコしながら入ってくると。
 特にお年寄りの患者さんからは怖いとの苦情です。
 長であろうとも一般の医師と同様に、白衣を着用いただきたい。」

それを人づてに聞いた時は「やったー!」という感じだった。
年配のシャキッとした女性医師は人望が厚く、私もファンだった。

同僚ともこんな会話をした。
「確かにジャケット姿でニコニコした老人が入って来たら
 怖いよねー。」
「今どき、部外者が聴診器を持って病室に入って来るとか
 ありそうな時代だものねー」
「あの長もやっと白衣の重要性に気づいたんじゃない?」


長は普段からニコニコ顔なので、逆にそれが怖いにつながる。。

ただ、外来や病棟では白衣を着るようになった長だけれど
部屋へ戻る時には以前と同じように白衣を丸めていた。
普通に折りたたむのではなく、力任せにサッカーボール状に丸め、
次に着る時はシワだらけ。。

プライドの裏返しって、本当に滑稽だな、としみじみ思った。


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by hazuki-natsu | 2017-08-10 12:53 | 思い出したこと

「仕事ですから」は、スカしているのか?

前職場での出来事。

50代の事務の女性AさんとBさんが居た。
Aさんは大人しく、優しい人。
Bさんは気性が荒く、嫌われていた人。

Aさんの所に他部署の人が来て、仕事の依頼。
すぐに処理をして渡したAさん。
「いつも急な依頼に対応してくれて助かります。
 どうもありがとう。」
とお礼を言った他部署の人。

それに対してAさんは
「いえ、どういたしまして。仕事ですから。」
と答えた。

そのやり取りを見ていたBさんが
「仕事ですから、、だって。カッコつけて。
 そういうスカした言い方、大っ嫌い。
 仕事じゃなければ誰がやるものか、ってことでしょ。」

と、Aさんに聞こえるように言った。

近くで聞いていた私は 
(そういう風に受け取る人もいるのねぇ。)
と感心した。。
それまでは「仕事ですから」という言い方の中には
「仕事なので、依頼されたことをするのは当然です」
という
意味しか含まれていないと思い込んでいた。

「仕事じゃなければ誰がやるものか」
という受け取り方、
なるほどねぇ、と妙に感心してしまった。
裏を返せば、そういう意味にもなるなぁ、と。
いかにもBさんらしい感じ方だなぁ、と。

私自身は、職場で何かしてお礼を言われても
「仕事ですから。」と言ったことがない。
たぶん「いいえ、どういたしまして。」くらいか。
それは、「職場で」「仕事として」やっているから。
あまりに当たり前のことは言葉にしないと思う。

そう考えると、Aさんがわざわざ「仕事ですから」と
相手に言うのはどうかと思えてくる。
言う必要はなかったように思う。
「どういたしまして」だけで十分だったのではないか、と。

ふと、そんなことを思い出した。


連休も近い4月も終わりというのに、今日の最低気温は3℃。
相変わらず霜注意報が出ている。
日中は天気も良くて暖かそうに見えるのに、風が冷たい。
未だに冬用のヒートテック下着を着ている状態。
夕方からはエアコン(暖房)も使っている。
なんだかなぁ、、、という感じ。


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by hazuki-natsu | 2017-04-28 16:28 | 思い出したこと

ちょっとだけ心残り

大阪から引っ越して11か月が過ぎた。
来月は一周年記念。

数十年も住んだ大阪だけど、あっけなく転居した。
今になって、ちょっとだけ心残りがある。
それは、

四国に行かなかったこと。
西は倉敷までしか行ったことがない。

大阪の住吉大社に行かなかったこと。
境内に敷き詰められた砂利の中を探すと
漢字が書かれた小石があるそうで、友人が持っていた。
(「五大力さんの小石」というらしい)

京都の安倍晴明神社に行かなかったこと。

映画「陰陽師」が流行った頃、不思議な力に興味があった。

和歌山や神戸の動物園にパンダを見に行かなかったこと。
未だに本物のパンダを見たことがない。

改築工事が済んだ京都府立植物園に行かなかったこと。

いつか行こうと思いながら、そのままになった。

近くに住んでいると「そのうちに」と思っているけれど
結局、行くことがなかった。
私が出不精なので、出かけるのが好きな夫に悪かったなぁ。


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by hazuki-natsu | 2017-04-26 15:54 | 思い出したこと

お花見の季節になると

桜の季節になると思い出すことがある。
前職場(医療機関)に勤務していた頃のこと。
広い敷地で、道路から建物の玄関まで50m以上。
玄関までの脇には桜の木々がたくさんあった。

当時の医療機関の長が、ある日の会議で言った。
「近隣の人たちにお花見の場所を提供しましょう」

幹部たちは「はぁ?」という空気に包まれた。

お花見とは、桜の木の下で飲み食いしながら
ワイワイと楽しむ宴会のこと。
お酒も飲むし、歌うこともある。

ただ、問題はその「場所」だった。
病気を抱えた人や患者の家族が行き来する場所。
そもそも発想がおかしい。
生死をかけた人が歩く場所の横で、お花見?!

医療機関の玄関前は、浮かれて騒ぐ所ではない。
当時の長は、そういうことに気付かない人だった。
相手の状況や感情を察することが出来ない人。
そんな人が長を務めていたことがあった。

当然、玄関前のお花見は幹部たちによって大反対。
長は、渋々ながら諦めた。。
他にも変な提案やアイデアを次々と出していた。
それも次々に却下されていた。
縦社会の職種で、同業から尊敬もされずバカにされ、
それさえも気づいていない裸の王様だった。

医療機関の長でありながら、人望が全くない人だった。
関係機関の「残り物の天下り」と陰で言われていたとおり、
仕方なく迎え入れた長だった。
何の貢献もせず、メリットもない人だった。

定年後も嘱託で勤務していたことは知っているけど、
風の便りによると「報酬額でもめて、辞めた」らしい。
しかも突然キレて、来なくなったとか。
あの人らしいな、と思った。

桜を見ると、ついそんなことを思い出してしまう。



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by hazuki-natsu | 2017-04-19 23:56 | 思い出したこと

9時~5時だったら

「~たら、~れば」の話になってしまうけれど、
ふと自問自答することがある。

一つ目。
もし、前職場の仕事が「9時~5時」だったら
退職せずに続けていただろうか?

答えは「続けた可能性は少しあるかも」。
ただ、かなり確率が低い可能性だけれど。

前職に就いた当時は定時に出勤、退勤していた。
それが年々、仕事量が増えたことで無理になった。
退職の7~8年前には、ほぼ12時間勤務になっていた。
休日出勤もあり、年休も取れない忙しさだった。
もちろん残業代はきちんと支払われたけれど。

二つ目。
もし、年収を倍にするから仕事を続けて欲しい、
なんて夢のようなことを言われていたら、どうだったか?


答えは、迷わず「NO」、お金の問題ではなかったから
お金よりも時間が欲しかった、という状況だった。
お金を使うヒマも、休日に出かける気力もなかった。

前職場には朝8時~夜8時過ぎまで勤務していた。
事務職にも関わらず、職種の性格上、仕方なかった。
職場の近くに住んでいても、帰宅は8時半頃。
夕飯は9時過ぎ、洗濯をして夜のうちに干した。

退職から4年目、未だに後任(正職員)はいないらしい。
派遣事務員と契約したらしいけど、一年で辞めたとか。。
やっぱりそうだろうなぁ、と思う。
普通の事務を想像していたらギャップに驚くだろう。
仕事内容はシンプルだけど多岐にわたり、時間が拘束される。
ちゃんとやろうとすればキリがない内容。

この先、職種の一つとしては消滅していくと思う。
ただ、全くなくなるのは不便かなぁ。

前職に就く前は、お金が一番だと思っていた。
それが「倍の年収も要らない、時間が欲しい」なんて
思わせた前職場は、なかなか珍しい。

前職場に費やした数十年、もったいないことをしたな、
なんて今になって思う。
生きるための仕事というよりも、仕事のために生きていた。
就職当時、定年近い女性上司が言った言葉を思い出す。
「仕事は人生を楽しむための手段に過ぎないのよ。
 くれぐれも仕事に飲み込まれないようにね。
 お金を得るための仕事だから。」

私はいつの間にか仕事に飲み込まれてしまっていた。



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by hazuki-natsu | 2017-04-14 11:25 | 思い出したこと

職種に合った接遇研修を

今日はここでも20℃になり、今年初めて春の服装に。
つい一昨日までダウンにスカーフ、手袋で出かけていた。。
今日の最低気温は2℃、最高気温は20℃と、差が激しい。
桜は今月中旬から開花の予定らしい。

4月も5日目、職場では接遇研修なども始まる頃。
前職場は医療業(検索を避けて、あえてそう書く)だった。
医療はサービス業と言われて久しいけれど、どうなのか。

在職時代の10年ほど前、職場に接遇の講師を招いた。
事務方が招へいした40代の女性講師だった。
当時の職場にとっては、初めての接遇研修の講師。

数十人ずつに分けて、各部署から参加した。
講師は「職場は明るい雰囲気が大切です」と始めた。
そして「お客様には明るい声でご挨拶しましょう」と。
このあたりで、ほとんどの参加者は嫌な予感。。
医療業が相手にするのは「お客様」ではない。

講師は「では、私に続けて大きな声で」と言いながら
いらっしゃいませ!
参加者は「い・・いらっしゃい・・ませ。
また講師が「ありがとうございました!」と大声で言う。
参加者は「あ・・ありがとう・・ございました。

このあたりで、さすがに参加者たちがザワザワし始めた。
職場の代表者も見に来ていたため、ついに口をはさんだ。
「あのー、先生、すみませんが、ここは会社や店と違って
 お客さんが来るわけではないんです。(苦笑)」

そこでやっと講師が気づき、
「あ、えっと、そうですね、、失礼いたしました・・。」

その後は当たりさわりのない朝夕の挨拶の仕方をしたり、
結局は職場にとっては役に立たない研修で終わった。

翌日の幹部会議で、事務方の担当者が責められたらしい。
医療業の職種に合った接遇の講師を呼べ、と。
っていうか、呼ばれた講師も気づくべきじゃないの?
正式に文書で招へいしたわけだし、職種は分かってると思う。
当日に建物に入った時点で「お客様」が来る場所じゃないと分かる。
よく「いらっしゃいませ!」とか「ありがとうございました!」と
教えたものだと呆れた。

ただ、よく考えてみれば、間違いではない。
医療業だって、内心は「いらっしゃいませ!」と喜んでいる。。
ある意味「お客」には違いない。
そして「ありがとうございました!」と売り上げを見ている。。
あくまで表向きには出来ないけれど。

毎年4月になると、あの「お互いに いたたまれない」研修を
懐かしく思い出す。
今はちゃんとした講師を呼んでいるかな。


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by hazuki-natsu | 2017-04-05 20:01 | 思い出したこと

魔法が解けた時

前ブログでは日記調で日々の出来事を書いていた。
引っ越しも一段落すると、書くこともなくなる。
そして、ここで新たなブログを始めた。

ここでは思ったこと、感じたことを書くことにした。
時系列は関係なく、浮かんだことをそのままに。
そうしたら、書きたいことがいっぱい出てくる。
どれも何の得にもならない、どうでもいいことだけど。

どうでもいいことなんだけど、文字にすると整理できる。
自分で書きながら、「たしかにそうだなぁ」とか思う。
あの頃、そんなふうに思っていた自分が居たり。
あの時、そんなことに拘っていた自分が居たり。

過去に遡って、当時の自分の気持ちを理解してあげる、
そんな感じになっている。
ただ、未だに「あの時の自分の行動」が理解できない。

それは、前職に就いていた時のこと。
いつもどおり仕事をしていた日のことだった。
職種上、広い個室での一人職場だった。

突然、自分でも驚くほどの怒りがこみ上げて、
ドアを閉め切って、壁やドアに物を投げつけた。。
ハサミ、バインダー、ホッチキス、ペーパーウェイト、
その他、手当たり次第に力いっぱい投げつけた。
硬い物ばかりで、当然、壁やドアに傷が付いた。。
しばらくして落ち着いたけれど、自分で愕然とした。

あの時、何かあって怒りがこみ上げたはずなのに、
それが何だったのか思い出せない。
理不尽な出来事があったのかもしれないけれど
肝心なことを忘れてしまっている。

普段は物に「あたる」ことはしないので、珍しい出来事。
あの時、手元に「割ってもいいお皿」があったら
数百枚は投げつけて割っている。

退職願を提出したのは、それから数日後だった気がする。
何か嫌になったとかではなく、もう働くのが嫌になった、
そんな単純な理由だったと思う。
もともと仕事なんて大嫌いなナマケモノだったし、
「仕事って楽しい!」なんていう魔法が解けたんだと思う。
数十年も続いた魔法もすごい。
世の中で一番パワーがあるのは「自己暗示」という魔法か。

退職して4年くらい過ぎた。
今でも時々、「物を投げつけた日」を思い出す。
あの時の心境は、未だに分からないまま時が過ぎている。



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by hazuki-natsu | 2017-03-31 11:09 | 思い出したこと