近況と雑感 その3

2回にわたって母のことを書いたけれど
今思えば、母の言動の全ては「悪気がない」ことが特徴。
悪意のない、天然に近い状態で相手を傷つける。
その相手は「家族限定」なので、他人には被害がない。

姉も私も姪っ子も、本人に文句を言わない理由は
「言っても無駄」と知っているから。
母自身は「自分は優しくて良い人」と信じている。
家族が指摘しようが素直に認める人ではない。
だから死ぬまで放っておく。


3回にわたって母のことを書いて気づいたことがある。
それは、悪意がない天然の性格で家族を傷付ける母より
悪意を持って母を大嫌いだとネット上に書く私の方が
性格が悪いのではないか?
ある意味、私の方がタチが悪いのかもしれない。

母が大嫌いで、内心ずっとバカにして罵倒している。
それなのに、買い物途中で母の好きなお菓子や飲み物を
見つけると、迷いながら結局、買ってしまう。
次回に実家へ行く時に持って行ってあげよう、と。
あれほど嫌いな人のために、そんなことしてバカか?
自分でも「何やってんだか・・・」と呆れる。

何だかんだ言っても、私が一番バカなのだろうと気づく。


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# by hazuki-natsu | 2018-04-21 14:52 | 日々のこと

近況と雑感 その2

1月から3月まで「うつ状態」が続いていたのは
母の言動がずっと心の中から離れなかったから。
朝に目覚めた瞬間から、夜に眠りに落ちる瞬間まで
ずーっと母についてのモヤモヤした気持ちが続いた。
顔を見るのも声を聞くのもイヤで、実家にも行かなかった。

離れて暮らしている間に忘れてしまっていたことや
子供時代にイヤと言うほど味わった心ない言動も
次々に思い出してプラスされて増幅していった。

子供時代、母が感情任せにぶつけてくる言葉に
どれほど傷ついたことか。
母と遊んだ記憶もないし、ベタベタしたこともない。
生まれつき子供に愛情を感じることのない人だったのか。
世間の母子と比べて、淡々とあっさりした関係だった。

姉も私も姪っ子も、母を嫌っているけれど
本人には文句も苦情も言ったことがない。
長い間ずっと「表面上だけの関係」を続けている。
それが楽な方法だから仕方ない。
母が死ぬまで続けることになる。
もしかすると、死ぬ直前に今までの思いや恨みを
全部ぶつけてしまうかもしれない。
何も知らないままで死なせるものか、とも思ってしまう。

今になって見れば、ずっと大阪に住んでいれば良かった。
そうすれば母の思い出もイメージも良いままだった。
少なくとも、ここまで恨むようなことにならなかった。

母は「外づら」が良いので、近所の人は実態を知らない。
穏やかで優しくて、物静かな おばあちゃん、と思っている。
私は子供の頃から母の全てが嫌いだった。
品性下劣な考え方も、喋り方も、声も、仕草も、全て。
90歳を超える老人になっても、ますます嫌悪感が増す。

この数ヶ月、ずっと「うつ状態」ではあったけれど
夫には何も話していないので、何も知らない。
日常生活では普通に過ごしていたので、気づかないと思う。
最近になって、いかに母が嫌いかについて少し話した。

去年まで、実家ヘは週に2日は行っていた。
母の畑の手伝いや修理など、夫が大活躍した。
ただ、今後はもう頻繁に行くことはない。
どうしても頼まれた時だけ行って、すぐに戻って来たい。
家族以上に夫が実家のことを何でもやってくれていたけど、
どんな母かを伝えたせいで、もうやる気は失くしている。

そもそも、夫はこの寒い地域に住むのを嫌がっている。
確かに、想像以上に寒い時期が長く続く。
大阪時代に元気だった私も、常に体調を崩している状態。
ここの県民性も嫌いだし、何も好きになれない。
また大阪に戻りたいとさえ思ってしまう。
少なくとも、もう少し南の暖かい地域に引越してもいいかな。


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# by hazuki-natsu | 2018-04-20 11:54 | 日々のこと

近況と雑感

ブログの更新そのものに意味がないような気がして
何も書く気がなくなっていた。
もともと訪問者がいないに等しいブログだから
わざわざ公表する意味もない。

ここに引越して、来月で2年が経ち、3年目に入る。
引越し当初は物珍しさもあって、いろいろ楽しかった。
大阪時代に比べて住環境も良くて快適で。

ただ、2年も過ぎて感じることは
「楽しくない、面白くない、つまらない」
不便さはあまり感じないけれど、ワクワク感がない。
大阪時代は特に何かあったわけでもないのに
毎日が何だか楽しかった。

夫も私も出不精になってしまった理由は
ここの気候、低い気温も関連している。
春と秋は冬に飲み込まれているような状態。
季節は長い冬と短い夏しかない。
4月中旬の今でもストーブを使っている。
ひとケタの最低気温が、夏前までずっと続く。
10日ほど前には、咲き始めの桜に「ぼたん雪」が
降り積もった。
朝から大きな重い雪が降っていて、愕然とした。

「あー、大阪だったらもう初夏だ。
 4月でも半袖だった。
 いったいここの寒さは・・。」
寒がりの夫はいつも嘆いている。。
電気毛布は年中使っているような状態。

ただ、この冬は「暖冬」だった。
近隣の県や日本海側、関東の方が大雪だった。
ここは雪が積もることがなく、自転車で出かけられた。
その前の冬は3週間ほど自転車は無理だった。
豪雪地帯にある実家も、今年は暖冬で雪が少なかった。
いつもメートル単位で積もるのに、80cm弱で済んだらしい。

実家には今年になって一度も行っていない。
母から何度か電話はあったけれど、急用もなかったので。
そもそも1月から3月まで、私は「うつ状態」だった。
その原因は母にあることで、実家に行く気にもならない。

40年も離れて暮らしていたせいで、母を「美化」していた。
それに気づいたのは去年の秋頃。
母は91歳、若くて元気で穏やかなイメージ、外ヅラもいい。
実際は「言葉で相手を傷付けて平気な性格」の老人。
私の死に関する冗談を、平気で笑いながら言うような人。
母が「親切心」でやっていることは「不親切」であることに
全く気付いていない。
タチの悪い「意地悪」にしかなっていないことが多い。

数十年ぶりに「実際の母」を思い出してウンザリした。
そうだった、そういう母親だった、と。
すっかりきれいに忘れてしまっていた自分に腹が立つ。
姉は昔から母を嫌っていた。
優しい姪っ子も「おばあちゃんは悪どい人」と言う。
私は、今なら「昔から大嫌いだった」と言える。
子供や孫がそれほど嫌っていることを、本人は知らない。
周囲が「それなりに」うまくやっているせいもある。

母は自分の言動が周囲を不快にさせて傷付けているとは
気づいていない。
要するに「悪気がない」タイプだからタチが悪い。
母に足りないのは、優しさ、思いやり、慈愛の心。
生まれつき備わっていないのだろうと思う。
相手のことより自分を優先、それが当たり前の人。
母や祖母である前に、人として足りない人なのだと思う。
子供や孫にとっては、良い反面教師となっている。
あんな人にだけはならないようにしよう、と。

年末の電話で、母が私の死をネタに冗談を言った。
実の娘の死をネタにする神経。
言った後で、母は笑っていた。
私は絶句して言葉が出なかった。
母は頭が悪いくせに「気の利いた冗談」を言いたがる。
たいてい相手を傷つける内容で、冗談にもなっていない。
私が風邪をひいている時に、かけてきた電話だった。
あぁ、そういう無神経でバカな母親だったな、と思い出した。
腹が立つより情けなくて、なぜか自分にムカついた。
数か月後、夫に電話でのやり取りを話すと
同じように言葉を失っていた。

母は来月、92歳になる。
見た目も雰囲気も若いので、70代に見られることが多い。
今まで「元気で長生きして欲しい」と思っていたけれど
今は いつでも死んでくれていいと思う。
きっと涙は一粒も出ない。
それでも、死ぬまでは周囲はお芝居を続ける。

何が一番耐えられないかと言えば、そんな母親から生まれたこと。
世間一般の普通の愛情深い母親が、心からうらやましい。
まぁ、虐待されたり殺されなかっただけでもマシかな。


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# by hazuki-natsu | 2018-04-18 12:27 | 日々のこと

上昇気流の端に乗る

メンタルがイマイチな状態で2ヶ月以上も経ってしまった。

考えても意味がないことを、いつもグダグダと考えていた。

過去をズルズルと引っぱり出しては鬱々とし、

未来を勝手に暗黒に塗り替えては悶々とし。


気分的には「落ちるところまで落ちた」感じ。
ブロガーMさんが
上昇気流に上手く乗って、あとは任せるだけと言ってくれた。

ようやく上昇気流の端っこに乗れたような気がする。
そこから落ちないように、少しずつ上昇できれば、と思う。



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# by hazuki-natsu | 2018-03-20 22:34 | 日々のこと

精神状態が良くない

この一ヶ月くらい、タイトルどおりの日々が続いている。
たぶん、軽いウツなのだろうと思う。

大阪から引越して正解だったのかな、という思いも。
年末近くに、実家とちょっとしたことから疎遠になった。
「ボタンのかけ違い」程度のことだけれど、
そもそも大阪から引越したのが間違いだったのか、と
思いはスタート地点に戻る。

寝ている時以外は、四六時中ずっと、悶々と考える。
考えても答えは出ないことを、ずっと考える。
近い将来の不安、絶望、腹立たしさ、もどかしさ、
いろいろなことがグルグル回る。

ここの県民性も、考え方も、腹が立つほど合わない。
他府県の人に嫌われる県民性が、本当によく分かる。
地方局のコメンテーターのやり取りにもウンザリ。

ここに引越してから、本当に笑うことがなくなった。
たまに吉本の芸人が出て笑うと、夫が「珍しい」と言う。
大阪時代は毎日、バカみたいに大笑いしっぱなしだった。
毎日笑っていた記憶しかない。
また大阪に戻りたいと思う。
そんなことは出来ないと分かっていながら、戻りたい。

そんな日々の中、昨日の夕食時に歯の「かぶせ」が取れた。。
右下の歯の銀色の「かぶせ」がパカッと。
「泣きっ面に蜂」って、こういう状況を言うのか。

今日の夕方、ネット検索で見つけた歯科へ行って来る。
本当は大阪の、あの歯科へ行きたいんだけど。
ここに引越してから「ない物ねだり」が増えた。

最近の救いは、雪がないこと。
年末からずーっと晴れが続いていること。
明日からの寒波でどうなるか分からないけれど
今のところは「ささやかな幸せ」を感じている。


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# by hazuki-natsu | 2018-01-20 12:17 | 日々のこと