田舎の夏休みは短い

毎日が休日状態の私にとって、お盆も特に変わりない。
昨夜は近くで盆踊りの音頭が聞こえていた。
今思えば、子供時代のお盆は楽しかったなぁ。
盆踊りや花火、夏休み中の行事は楽しかった。

夏休みと言えば、都会の子供よりも期間が短かかった。
小学生、中学生の頃は20日間もなかったように思う。
7月の末頃からお盆明けくらいまで。
都会よりも涼しい夏だから仕方ないのかもしれない。

夏休みは短かったけれど、他の休みは色々あった。
5月頃には一週間くらいの「田植え休み」、
10月頃にも一週間くらいの「稲刈り休み」、
2月頃には一週間くらいの「寒中休み」など。

当時でも農家は減っていたので、単なる休みだった。
2月頃の「寒中休み」が一番うれしかった記憶がある。
一番雪の多い時期で、寒さも厳しかったけれど
毎日のようにスキーで遊んでいた。
友達と目的もなく雪の中を散歩したりもした。

こうしてみると、都会の子供にはない休みが多かった。
授業時間はプラスマイナスで調整できていたのだろうか。

人生の終盤になると、10代の頃の思い出が鮮明になる。
先月のことは忘れるのに、数十年前のことは覚えている。。


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# by hazuki-natsu | 2017-08-16 22:48 | 日々のこと

17年ぶりの再会

この間は高校時代の友人Sと35年ぶりに再会した。
昨日は同じく高校時代の友人Mと17年ぶりに会った。

Mと旦那さんは同郷だけれど、埼玉に住んでいる。
昨日はMの実家に帰省しているというので
地域の夏祭りと花火見物を一緒にみることに。

私と夫とM夫妻とは20代から親しくしているので
再会した直後から話が盛り上がった。
男女に分かれて花火を見ながら世間話。

開始前の霧雨も上がって、涼しい夜になった。
打ち上げ花火も頭上で開花し、迫力満点。
町内の地域ごとに個人の寄付で成り立っているらしい。
打ち上げ前に「寄付した人の名前」が読み上げられて
ほのぼのしていいなぁ、と思った。

私とMは花火を見上げながら、近況を報告しあった。
17年のブランクは一瞬で消えてしまう不思議。
ずっと毎日会っていたような気さえする。

花火の後は道端で4人でまた話が盛り上がった。
それぞれケガや持病はあるけれど、元気で何より。
去年までは大阪と埼玉の距離が大きかったし
帰省の時期も合わなかった。
私たちが引越した今は、都合さえつけば会える。

昨夜は立ち話で2時間半もあっという間だった。
Mに巨大なスイカを半分(7割強の大きさ)もらった。
帰宅後に小分けして冷蔵庫へ。
今朝、甘くて冷たいスイカを堪能した。

お盆と共に、北国は夏が終わりに近づく。
昨夜は上着を着ていて丁度良かったほど。
今朝は肌寒いほど涼しい。
残暑もあるだろうけれど、日増しに秋が近づいている。


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# by hazuki-natsu | 2017-08-15 12:00 | 日々のこと

世界で一人だけになったら

先週から真剣に防災グッズを準備していて
ふと思った。
「もし地球上が大災害に遭って
 なぜか自分一人だけ生き残ったら・・・。」
すっごく運が良くて、たまたま偶然に一人だけ。

うわぁ。。
そうなったら積極的に何も飲まず、食べず、息絶えたい。
そもそも世界で一人だけ生き残ったとして
何を糧に、何を楽しみに、何を目標に生きたらいいのか?

みんなが居なくなって自分ひとりだけの状況は
もう「人生」ではないと思う。
生きる意味がないと同じだと思う。

そう考えると、サバイバルにも限度があるなぁ。
核攻撃に備えてシェルターを準備している人は
世界中で一人だけ生き残った場合を想定しているのか?
たった一人になっても生きたいのか?
その答えにはかなり興味がある。


今日はお墓参り、みんなで夕食を楽しんで来た。
久々にワイワイと騒いで、ちょっと疲れたり。。


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# by hazuki-natsu | 2017-08-13 21:24 | 気づいたこと

白衣に対するプライドの裏返し

この間は親族のお見舞いで久々に病院へ行って来た。
そして、久々に「白衣」の人たちを見た。

白衣を見ると「異常に白衣を嫌っていた医師」を思い出す。
いや、実際には嫌っていたのではないと思う。
むしろプライドと自負の裏返し、ねじれた感情ではないかと。
過去の記事にも書いた気がするけれど、未だに印象に残る。

白衣を嫌っていた医師は、某大学病院からの天下りで
私の勤務していた医療機関の長として就任した。
結果的に職場史上最低、最悪の長となった。
人事的にも経営的にも多大な損害をもたらした。
私の最初のブログ時代に主に登場したのは、この長だけど。。

その医師は「外来を持たない科」で、たまに応援に行く程度。
その後は病棟の回診もたまにするようになっていた。
ただ、外来に行く時も病棟の回診時も白衣を着なかった。
部屋のハンガーにかかった白衣は、単なる飾りのような状態。
私が気づいて白衣を持って追いかけることが多かった。
すると医師は嫌々ながら受け取り、クルクルとまるめる。
「こんなもの・・。」と言い、ムッとしながら。

外来や病棟から戻って来る時も、白衣は丸められていた。
そのうち「白衣なんかは要らない、着ない」と言い出した。
結局、職場に居る間はずっと普通のジャケット姿。
ワイシャツ、ネクタイ、ジャケット、ズボンで
かろうじて名札(写真入り)だけ胸に付けていた。

今思えば、白衣姿を見られることも嫌っていた。
いったい何のために医療の道に入ったのだろうか。
実際には、普通の医師以上に「白衣に思い入れ」があったのでは?
一般の医師にとっては「職場の制服」程度のものだけれど
あの長にとっては逆に「プライドの塊」だったのでは?
自意識過剰というか、ステータス意識の裏返し?
今さらながら、本当にバカな人だったなぁと思う。

白衣は実用的な面で着るべきだと思った。
感染予防や汚れ防止、患者への安心感にもつながる。
あの長は「こんなもの」と蔑んでいた白衣の実用性を
理解していたのかどうかは分からない。

ただ、その長が退職する数年前に「白衣を着る」ことになった。
それは、ある女性医師の一言により、着ざるを得なくなったから。
病棟の回診時にジャケット姿で病室に出入りする長に対し、
患者から苦情があったらしい。
担当の女性医師の耳に入り、長に直接伝えたらしい。

「複数の病室の患者さんから、不審な人が入室するとの
 苦情が入っています。
 白衣を着ないで聴診器を持ち、ニコニコしながら入ってくると。
 特にお年寄りの患者さんからは怖いとの苦情です。
 長であろうとも一般の医師と同様に、白衣を着用いただきたい。」

それを人づてに聞いた時は「やったー!」という感じだった。
年配のシャキッとした女性医師は人望が厚く、私もファンだった。

同僚ともこんな会話をした。
「確かにジャケット姿でニコニコした老人が入って来たら
 怖いよねー。」
「今どき、部外者が聴診器を持って病室に入って来るとか
 ありそうな時代だものねー」
「あの長もやっと白衣の重要性に気づいたんじゃない?」


長は普段からニコニコ顔なので、逆にそれが怖いにつながる。。

ただ、外来や病棟では白衣を着るようになった長だけれど
部屋へ戻る時には以前と同じように白衣を丸めていた。
普通に折りたたむのではなく、力任せにサッカーボール状に丸め、
次に着る時はシワだらけ。。

プライドの裏返しって、本当に滑稽だな、としみじみ思った。


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# by hazuki-natsu | 2017-08-10 12:53 | 思い出したこと

防災グッズをガチで準備中

昨日の台風5号は、結局ここにはあまり関係なかった。
弱い雨が少し降った程度で、風もなく。

そんな今日は、涼しい一日。
日差しの中を自転車で買い物に行ったけれど
思わず「涼しい~!」と声に出してしまうほど。
街中にエアコンが効いているかのような、涼しい風。
ここの夏は これがあるから快適なのよ~
とか思いながら、自然にニンマリしてしまう。

今日の買い物の目的は、100円ショップ。
防災グッズで足りない物をいろいろ買い出し。
先月の大雨で、人生初の「避難勧告」に従って
夜の7時に実家のある町へ避難したけれど。
結果的に何も起きず、美容師にも笑われた・・・。

だけど、ここは大雨の時には避難勧告が出やすい場所。
地震のことも踏まえて、真剣に防災グッズを揃えた。
大阪時代には震度5を、帰省時には震度6を経験している。

この間の実際の避難で持参した物は役に立たない感じ。
幸いなことに、田舎に行けば水場もあるし、
いざとなればトイレも山や野原で何とか出来る。。
そういう点では大阪時代と違って選択肢は多い。


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# by hazuki-natsu | 2017-08-09 17:23 | 日々のこと